おばあちゃんのフライドチキン。南部ルイジアナの小さな町にアートを届けるデイヴィッド・ネルソンに聞いた思い出のコンフォートフード。

 ヒューストンから車を走らせること5時間強、ルイジアナ州シュリーブポート(Shreveport)にたどり着いた。今回アテンドしてくれた友人であり写真家のビルにとって、とても大切な古くからの友人デイヴィッドの住む町だ。道すがら、デイヴィッドがいかに素晴らしい友人で、いつも夜通しアートや思想など様々なトピックで語らうのだと散々聞かされていたので、どんな人なのか否が応でも想像が膨らんでいたのだけれど、目の前でほほ笑むデイヴィッドは、ハイパーなアーティストタイプのビルに比べると驚くほど落ち着いた、ハイトーンボイスでゆっくりと話す素敵な人だった。


 建築を学んだ経歴を持つ彼らしく、古い建物の二階にある住処はとても興味深い。長旅の後には少しきつめの長い階段を上がると、アンティークショップのようなおしゃれな部屋が現れた。荷物を置いたらすぐに隣の建物にある彼のアートギャラリーMinicine?(ミニシネ)へと連れて行ってくれた。

ーハーイ、デイヴィッド。素敵なギャラリーですね。Minicine?とはどのようなギャラリーなの?

ミニシネ?は僕が運営するインディペンデント/エクスペリメンタル・フィルム(=実験映画)を中心に音楽やアート、そしてコミュニティー・イベントのためのギャラリーなんだ。1995年に創設して以来、地元のみならず世界中のエクスペリメンタル映像作家、ミュージシャン、アーティスト達を迎えてきたんだよ。Make Movies Now!=さあ映画を作ろう!が合言葉さ。
僕の小さな地元では披露する場のないような新しい映画、音楽、アートたちに触れることのできる場所を作ることがミニシネ?のゴールの一つだよ。特に地元のアーティストたちに発表の場を与えたいんだ。シュリーブポートは中規模な都市だけど、なぜだか文化的に孤立しているんだよ。一番近い大都市も3~5時間は離れているし。ただ、幸運なことに、シュリーブポートはアメリカをツアーして回っているアーティスト達には比較的寄りやすい場所に位置しているので、毎月のようにアーティストを呼ぶことができているんだ。



Minicine?初期の展覧会のチラシ

Minicine?での映像インスタレーションの様子

ーディヴィッド、簡単な自己紹介をしてくれる?

僕はデイヴィッド・ネルソン。ルイジアナ州シュリーブポート生まれ。18歳で故郷を離れてからは30代後半までニューオリンズやダラス、ヒューストン、ニューメキシコ州アルバカーキなどに住んでいたよ。それから地元に戻って、それまでに過ごした大都市で経験してきた映画や音楽、アートをシュリーブポートにも紹介したくてミニシネ?を始めたんだ。

ニューオリンズではトゥレイン大学で建築の学士を取得して、1980年の卒業とともにテキサス州ダラスの建築事務所で働き始めたんだ。ビルに出会ったのもその頃だよ。1985年からはヒューストンのライス大学の大学院で建築をまた学び始めた。大学生だったころからすでに写真には興味があって、それは次第に映画への興味と増大してた。実のところエクスペリメンタル・フィルムに出会ったのはニューオリンズで学生をしていたころで、大学院に通い始めるまでは8㎜のカメラで自分でも撮っていたんだ。そのころは同時にバックパッカーとしてヨーロッパに渡って美術館やアートスペースをたくさん見て回った。中でもアムステルダムのライブハウスでもあり、映画館でもあり、アートギャラリーやパフォーマンススペースでもある場所Melkwegというスペースが印象深かったな。

 

ライス大学ではスタン・ブレーケージ氏の下でアメリカン・エクスペリメンタル・フィルムを学んだ。彼自身の作品だけではなくて他の多くの作家の作品に触れることができたよ。また、ヒューストンの美術館では監督本人が来るスクリーニングのプログラムが多くあって、本当にたくさんの作品を見ることができたんだ。ちなみにスクリーニングでよく見かける警備員がいて、彼はいつも監督に色々と質問していて、面白い人だなあと感じていたんだけど。後日キャバレー・ヴォルテアというパンク・クラブで僕の映像制作に大きな影響を与えたオーストリアの作家カート・クレンのフィルム・スクリーニングがあった時にその警備員を見つけたんだ。なんと実は彼こそがカート・クレンだったんだよ。小さい世界だよね!

 

僕が学んだ二つの建築と映像作品は、空間と時間、映像やモンタージュをどの様に組み立てて見せるかという点において共通点があると僕は考えているよ。

 

なんだか長々としゃべってしまったけれど適当にカットしてくれていいからね。

 

ーいやいや、とても興味深い話だね。

ではでは本題。デイヴィッド、お気に入りのコンフォートフードはなに?

おばあちゃんが作ってくれていたフライドチキンとクリームコーン、ハッシュパピーだよ。ブラック・ビーンズの時もあったかな。とにかくオーセンティックな南部料理さ。祖母はすでに他界しているからもう食べられないんだよ。彼女の作ってくれていたフライドチキンへの思いが強すぎるからか、僕はどこへ食べに行ってもフライドチキンをオーダーすることはないんだ。だって、どこで食べてもがっかりするだけだからね。

 

ーそれはすごい思い入れだね!

はは、そうだね。でも本当なんだよ。もちろん誰かが作って出してくれたならば断わりはしないけれど、自分からは絶対にオーダーしないよ。

祖母はオリジナルのレシピがあって、毎週日曜日には車で1時間かけて祖父母の家に行っては、家族みんなで食べたものさ。まだ、1920年代のスペイン風の美しい家は、だれも住んでいないけれど家族みんなで残しているんだ。多分祖母のレシピ・ボックスもそこにあるんじゃないかな。

 

ーええ!?そのレシピぜひ見てみたい!

フライドチキンのレシピがあるかどうかはわからないけれど探してみるよ。
(その後「やはり見つからなかったよ」とのこと。残念!)

 

ー最後の質問です。もし、日本からあなたの地元に友達がやってきて、地元らしいコンフォートフードを食べさせてあげたいとしたら、どこへ連れて行ってあげる?

僕がいつもビジターを連れていくお気に入りの場所はHerby K’sっていう小さな店だよ。1930年台からずっと美味しいシーフードとでっかいまぐのビールを出し続けている店さ。店の看板メニューは”The Shrimp Buster”って名前のサンドイッチだよ。
ーあああ、なんて美味しそうなの!今度訪ねた時にはぜひ行ってみたい!

コメントを残す